ジョブ型雇用が叫ばれるようになった昨今であるが、社員を職務内容や所属部署を限定せずに採用し、定期的な配置転換によって人材育成や人員調整を図る手法は未だに多くの日本企業で主流となっている。
一方でコンサル業界においては、部署異動を伴う定期的な配置転換というものは一般的ではない。そんなことをせずとも、様々な案件に参画させることで自ずから人材育成・人員調整を図ることが出来るからだ。
逆に言えば、一度入った部署を異動するのはあまり一般的とは言えない。
一応、本人が強く希望した場合には異動できる制度はX社にも(転職先のY社、Z社にも)あったが、特に異動元の部署からすれば売上の減少に直結する人材の流出は受け入れ難く、調整の困難さから使いずらい制度であった。
つまり、良くも悪くも数年単位での異動が確定している伝統的な日本企業の社員と比較して、コンサルタントにとって部署配属は(あくまでその会社のではあるが)自分のキャリアを決定しかねない一大事なのである。
今日はそんな一大事である部署配属と、配属後研修の内容について記す。
組織構成と新卒の配属先
総合系コンサルティングファームのご多分に漏れず、X社の組織体制は「サービス×業種」のマトリックスで構成されていた。
サービスとは業務領域であり、具体的には会計や物流、戦略等が挙げられる。
一方で業種は製造業や金融業、小売業といった切り口である。
上記の軸で切り分けられた部署を、X社ではユニットと呼んでいた。
サービス系のユニットに配属されれば、クライントの業界関係無しにそのサービス領域の専門家になるようキャリアパスが敷かれているし、業種系のユニットに入ればその業界(場合によっては特定の企業)のお困りごとに対して幅広く対応できるようになることが求められる。
業種系ユニットと一部サービス系ユニットは新卒を取らないとのことで、新卒者は募集のあるサービス系ユニットの中でどこに行きたいか希望調査書を出すように指示された。提出の期限は入社して3週間足らずの4月の半ばであった。
ぼくたちに門戸を開いていたサービス系のユニットというのは当時5つあり、凡その募集枠は以下の通りである。
- 会計:50人
- 物流:35人
- IT:25人
- マーケティング:5人
- 人事:5人
名称だけ見ると勘違いしそうになるが、以上のユニットはあくまでITシステムを軸にしたプロジェクトを扱っており、会計ユニットだからと言って世間一般で思われているような会計コンサルをやる訳でもなければ、人事ユニットの人間が人事コンサルをしている訳でもない。
つまり、会計とは会計系のシステムに関するコンサルを行う部署であり、物流もマーケティングも人事もそうだ。もっと言えば、会社がメインで担いでいるシステムにSAPと呼ばれるERP(基幹系情報システム)があり、会計ユニットはそのSAPのモジュール(=領域システム)の内、特に会計モジュール(財務会計、管理会計等)を扱う部署、物流ユニットは物流モジュール(販売管理、在庫/購買管理等)を扱う部署という位置づけである。
その事実を知った同期の一人が、「これって結局全部SAPユニットじゃん。会計は扱ってるモジュールが会計寄り、物流は物流寄りってだけでしょ」と評していたが、有り体に言ってしまえばその通りである。
ちなみに上記の中でITユニットだけは毛色が違い、SAPのようなパッケージシステムのみならず、顧客の要望に合わせてイチからシステムの提案・開発も行う部署である。
どうあれ、サービス系ユニットがサービスと言うよりも取り扱うシステム、もしくはSAPのモジュールによって区切られていることは間違いなかった。
一番人気のユニット
この5つのユニットの中で、最も人気が高かったのはマーケティングである。理由は他のユニットに比べてIT色が薄かったからだろう。
入社2、3日目にぼくたち新卒に対して、各ユニット長からのユニット説明があった。
会計、物流、人事のユニット長はSAPの話をし、ITユニット長はOracleの話をした。つまり彼らの話はIT一辺倒だったのだが、マーケティングのユニット長だけは違った。
どこぞの笑ゥせぇるすまんと奈良の大仏を足して2で割ったような顔立ちのこの部長は、「ウチの部署ではクライアントの戦略立案から実行支援、システム導入まで含め、ビジネスの上流から下流までの全域を手掛けている」と、自分たちは当時のぼくたちがコンサルティングファームと聞いた時にイメージする業務に近いことをしていると宣ったのだ。
X社の業務内容をよく理解しないまま入社した同期の中には「経営コンサルタントになれると思ってたのに、実態はIT一辺倒じゃん」と意気消沈していた者や、頭で理解はしていても「上流案件が無い訳じゃないんだし、希望したら戦略系のPJに参加せてもらえるかも」などと甘い期待を抱いていたぼくのような人間が何人もいた。
部長の語る業務内容は、そんな彼らに一縷の望みを与える事となったのだ。
余談だが、2番人気は物流ユニットであった。
会計は会計で苦手意識を持っている人も多かったため、消去法的に人気があったのだろうというのがぼくの分析だが、物流ユニットへの配属が知らされた同期の中には涙を流して喜んでいた人もいて、その熱狂の原因は外部からは伺い知れなかった。
イモっぽいと評される会計ユニットとは対照的に、美男美女が多いと言われているのもこのユニットの特徴である。
閑話休題
ぼくはなるべくITと関わり合いになりたくないという、その一心で第一志望をマーケティングユニットにした。
周囲の話を聞いた感じだと、大学で情報工学を専攻していたような若干名がITユニットを志望し、それ以外の半分がCRMユニット、もう半分が物流ユニット志望という状況。
研修で隣の席になったアメリカの大学院帰りの男子なぞは、希望調査書にマーケティングユニットと書き、その理由を5000字に渡ってしたため、更に「自分の経歴とどのようにお役に立てるかをお伝えしたいので、5分だけでもいいから直接会う時間をください」とユニット長にメールまで出していた。
そこまでしなくても、配属発表のある5月の頭までは研修で毎回のように手を挙げて質問し、自分の存在とやる気をアピールする同期というのは何人かいた。
人事権のない研修担当の社員に名前を覚えてもらったところで如何ほどの意味があるのかは分からなかったが、この時期はぼくも自分のやる気を疑われない程度に手を挙げ、毒にも薬にもならぬような質問をしたりしていた。
結果としてだが、ぼくは自分の希望が通りマーケティングユニットに配属となった。
配属発表後に聞いたところによると、決め手は内定者課題の資格を持っていることだったらしく、他の配属者も3つの資格を揃えた人たちだった。ちなみに、研修中に散々挙手をしていた意識の高そうな同期たちは、どういう訳か皆が皆、資格を揃え切っていなかったことで悉く一番不人気の会計ユニットに配属されていた。
ユニット毎の研修が始まってから、彼らはすっかりおとなしくなってしまったらしい。
配属後研修
OracleMaster資格試験
ユニット配属が行われた5月から6月まではシステム研修であり、マーケティングユニットの新卒は最初になぜか物流ユニットの人たちに交じってSAPの販売管理モジュールのクラスを受講し、途中でITユニットに混ざってJAVA(というプログラミング言語)とOracleの研修を受けた。
Oracleの研修ではまずSQL(というプログラミング言語)の試験に合格しなければならず、その後にはより上位のOracle Master Silverという資格を取らなければならなかった。
ぼくは前者は一発合格だったものの、後者に関しては2度目での合格となった。前者は凡そ30名中1人を除いて全員が一発合格となり、後者に関しては9割が一発合格だった。
一発合格できなかった若干名の内の1人となってしまったことで、完璧主義的な性格のぼくは早くも意気消沈し、自分の無能が露になったことを恥じ、この会社でやっていけるのだろうかという不安が胸の中に陰を落とすようになっていた。
宗教枠採用?の女子
蛇足ながら、SQLに落第した1名についてもここで記しておく。
時に、ぼくが入社したこの会社には宗教採用枠なるものがあると、まことしやかに囁かれていた。
ぼくの代にも偏差値的に母集団とは大きく乖離する某宗教系大学からの入社者が男女で1名づつおり、SQLに落第したのはその内の女の方である。
彼女は大学時代に留学経験があるため語学には堪能なのだが、如何せんコンサルタントとして必要とされる自頭の良さは(失礼ながら)不十分と見受けられた。
彼女はSQLは2回目で合格を勝ち取っていたが、続くOracle Master Silverはなんとそれから2年も合格することが出来ず、(CBT方式のためお金さえ払えば受験はいつでもできるのだが)受かるまでに8回だか9回かかっていた。
ITユニットではこの資格を持っていないと昇進できない規則となっているらしく、同期のほぼ全員が2年目の秋でアナリストからジュニアコンサルタントという役職にプロモーションしていたにも拘らず、彼女の肩書はそのままとなっていた。
「こんなにITやるなら最初から言ってよ~」と愚痴を吐いていたが、実情を知らされぬまま入社してしまった点では、彼女も会社の採用マーケティングの被害者と言えた。
話はそれで終わらない。
ぼくがさらに驚いたのは、彼女は3年目の前期にようやっと合格したにも関わらず、それでも彼女がジュニアコンサルタントに昇進出来なかったことである。
聞けばプロジェクト現場での仕事振りも中々に酷いらしく、彼女の上長のシニアマネージャー(=役員手前の上級管理職)は「どうしてこんなに懇切丁寧に説明しているのに自分の言っていることが伝わらないのだろう」と思い悩み、鬱病を発症して休職にまで追い込まれてしまったと言う。
彼女が3年目もプロモーションしなかったことで肩書上は後輩が上長になるという逆転現象が起きていたが、表面上、本人は気に病む様子もなく元気だと言うのだからままならないものである。
ただ、流石に彼女も自分には今の仕事に適性が無いと自覚があったのか、それから1年ほどで会社を去ったと風の噂で耳にした。
宗教枠採用?の男子
ついでに、件の某宗教系大学出身の片割れである、男の方についても書いておく。
彼はぱっと見は爽やかな好男子で、決していかつい訳ではないが、スーツの上からでも盛り上がった筋肉が見て取れるマッチョマンであった。
内定者課題の資格も入社前に全部取得していたし、なんなら入社式では入社者代表スピーチならぬ、代表プレゼンテーションまで行ったほどだった。
このプレゼンは新卒の有志3人が社長に対してプレゼンするというもので、「日本の企業にはこんな課題があり、それらを解決するべくこの会社の一員として頑張ります!」という初々しくもしっかりした内容のものであった。
一応言っておくと、入社前に人事からぼくにも代表プレゼンテーションをやらないかと打診があったが、単位が危ないのでという理由で断った。これは建前ではなく、本当にギリギリだったのだ。
なかなかに有望そうな彼であったが、研修中のしょうもないミスでケチが付くこととなった。
ある日彼は会社に遅刻し、それが無断遅刻だったのだ。
当然、人事と研修クラスを受け持つ担任はこれを問題視し、彼になぜ連絡しなかったのかを問い質した。
そこで返ってきたのが「どこに連絡していいか分からなかった。調べることもできたが、それよりかは1分1秒でも早く会社に着いた方がいいと判断した」という答えだった。
勿論この言い訳は通用せず、この出来事があった日の夕方には、遅刻した時はそれが確定した時点で連絡してくださいと、担任から各クラスに通達があった。
このちょっとした事件がどの程度影響したかは定かではないが、彼は資格全持ちにも拘らず配属は会計ユニットとなり、更に最初の案件も、手当は出るものの地方に自分で家を借りなければならないという、面倒で誰もが避けたがるようなプロジェクトに送り込まれることとなった。
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