突然だが、コンサルティングと訊いて、あなたはどのようなイメージを持つだろうか。
職業はコンサルタントですと言うと「コンサルって何?」とか「よくわからないんだけど」という反応が返ってくることは未だによくあるし、遠慮のないインターネットの世界ではもっと有体に、「胡散臭い」とか「虚業」などと断じられているところも頻繁に目にする。
コンサルティング(Consulting)は日本語訳すれば相談という意味になるが、それでは意味が広すぎるため、字句から仕事内容を推察することは不可能である。
例えば、会社の資金繰りについて相談がしたければ会計士や銀行の融資担当者なんかに相談するだろうが、彼らのことをコンサルタントとは呼ばない。
では、どういう人たちのことをコンサルタントと呼ぶのか。
この問いに対して、業界で10年過ごして出した自分なりの答えは「準委任契約を結んだクライアントに対して、提案型で課題解決を支援できる人」である。
そのような結論に至った理由は後々の記事で語る。
ここで言いたいのは定義云々以前に、大学生時代のぼくはこの職業に対して無理解であり、イメージはあるものの、コンサルタントという仕事の実態を全くと言っていいほど分かっていなかったということである。
そしてその理解の浅さが、この後の不幸に繋がることとなった。
内定者課題と入社者前研修
内々定の書類を受け取った折、人事部の社員から新入社員には内定者課題なるものがあることを伝えられた。
日商簿記検定2級と基本情報技術者、それにTOEIC(必要スコアは忘れたが、この時点で持っていた815で事足りた)の3つである。内定者はこれらの資格を入社前までに揃えなければならないという。
しかし、ならないと言われたところで、試験だから受からない場合もある。
調べてみると、簿記2級の平均合格率は20%足らずで、基本情報技術者も同程度。それに、入社までに前者は2回、後者は1回しか試験が行われない。
ぼくが「試験に受からなかった場合はどうなるんですか?もしかして内定取り消しですか?」と訊いてみたところ、内定取り消しにはならないが絶対に必要な資格のため、在学中に取得できなかった場合は入社後に取ってもらうとの回答が返ってきた。
社会人になって忙しい時期に資格勉強なぞ出来る気がしない。ということは、この資格取得は入社までに必達と言ってよい。
正直、簿記に関しては資格こそ持っていなかったがあまり心配はしていなかった。大学生の時から株に興味があり、会社の決算情報を日常的に読みこんでいたからである。
会計仕訳のルールを覚えるのと財務情報を読み解くのとで多少の勝手の違いはあれど勉強自体はスムーズに進めることができ、結果は一発合格だった。当時のぼくが心配していたのは基本情報技術者試験の方である。
令和2年からCBT方式による通年試験、更に令和5年の改定で難易度低下、試験時間短縮に伴い合格率が上昇している基本情報技術者だが、当時は年に2回しか試験がなかったし、試験時間は5時間にも及んだ。
そもそもの話、ぼくも大学生協で参考書を読んで初めて気づいたのだが、この資格はバリバリのITに関するものである。その時点で、ぼくの頭の中は疑問符と疑念でいっぱいになった。
企業の経営陣に対してアドバイスをするのがコンサルタントなのではないのか。コンサルタントになるのに、なんでITの資格が必要になるんだ。そう思って内定先の企業をよくよく調べてみたところ、就活四季報にはその会社がSIer(システムインテグレーター)であると、はっきりと書かれていた。
SIerとはクライアントに対してITサービスやソリューションを提案したり実際にシステム導入の支援をしたりする企業の事であり、そういう意味ではコンサル会社がSIerだったとしても必ずしも矛盾しているとは言えない。
しかし、SIerということは扱っているプロジェクトの過半がIT案件だということであり、SEやプログラマーじみた仕事もやらなければならなくなる、と言うか業務の中心になりかねないことが想定された。そしてITと呼ばれるものに対して、ぼくはこの時点で微塵の興味も持っていなかったのだ。
「企業の戦略を立案して経営陣にプレゼンする」
そんな仕事をしたければ、コンサル会社の中でもマッキンゼーやBCG、ベイン(所謂MBB)などの「戦略系」と呼ばれるところに行かなければならないのだが、ぼくがそんな業界の当たり前に気付いたのは就活が終わった後のことだった。
内定先の会社をに対する期待値が一気に下がってしまったぼくは、卑しくも経営コンサルティングファームを名乗る企業が就活四季報で他のIT系企業と並べられてSIer扱いされているなぞ羊頭狗肉もいいところだと心の中では不満を溜め込んでいた。
とは言え、では4年生の5月を過ぎてから改めて就活を再開するかと言われればそこまでの気力もなく、そもそもMBBを含めて目ぼしい企業はとっくにエントリーを締め切っていたこともあり、ぶつくさ言いつつも基本情報技術者の勉強をして、こちらも一発合格となった。
ITとコンサルティングの狭間
ちなみにだが、会社の同期にはぼくと同じような、自分は大企業の経営陣に対するアドバイザリー業務をするのだという勘違いを内々定、内定、もしくは入社式から数日が経過した時点までしていた人が一定数いた。
なぜそんな勘違いが生まれてしまったのかと言えば、志望者がちゃんと調べなかったからと言ってしまえばそれまでなのだが、それ以上に会社側が事実をありのまま発信しなかったからだとぼくは考えている。
つまり会社側は、「経営コンサルタントはクリエイティブかつロジカルな戦略を立案するのが仕事だ」という煌びやかなイメージを(良くも悪くも)世間が持ってしまっている都合上、自分の会社はもっと泥臭いことをしていますと馬鹿正直に言っては採用市場における企業ブランドを毀損しかねないため、志望者の勘違いを正さないばかりか、助長するような発信をしていたのだ。
一例としては、内定後にあった内定者懇親会での出来事が挙げられる。
この会の中では、内定者に入社後の働き方を具体的にイメージして貰うべく、若手社員が自分が受け持っている仕事を語る「先輩社員の1日」というセクションがあった。
そこで壇上に上がった先輩社員たちが語った内容は「13時にクライアントとプロジェクトの方向性についてミーティング」や「16時から翌日の会議に向けて資料作成」といった、IT色を微塵も感じさせない内容だった。
基本情報技術者試験を強制されている事実と就活四季報、並びにその他インターネットから仕入れた情報から疑心暗鬼になっていたぼくは、その後の社員との交流タイムで、自分が入ろうとしてい会社は本当にコンサルティングファームと言ってよいのか、実際はただのIT屋なのではないかという質問を、入社2年目の女性社員にぶつけてみた。
そこで返ってきたのが「プログラミングとかはしないけど、パソコンはいつも持ち歩いています」という、こちらを煙に巻いたような回答であった。答えになっていないと思い他の先輩社員にも質問したが、彼らからも奥歯にものが挟まったような返答があるばかりであった。
これは入社してから分かったことだが、内定者懇親会に送り込まれてくる先輩社員は、人事からITのことは可能な限り言わないように指示されていたのだ。
実際に「先輩社員の1日」をやることになった同期は、用意していた資料に対して、人事からIT色をもっと薄めるようにと修正の指示があったとボヤいていた。就活生時分のぼくに対して先輩社員たちが曖々然にして曖昧然な回答に終始したのも、斯様の背景があればこそである。
IT色を薄め、さも戦略的な案件を中心に扱っているかの如く印象操作をしていた人事に含むところは勿論ある。
しかし、戦略案件が全くないかと言えばそんなことはなく、会社の発信していた情報は盛られてはいたが強ちウソとは言えないし、なんならガクチカをゼロから捏造していたぼくがあまり強く言う訳にもいかないので、会社への非難はここまでとする。
余談であるが、入社式を境に、会社側も自分たちの食い扶持がITプロジェクトであることを隠さなくなった。
入社式でスピーチをした役員が「我々の単価は他のSIerに比べて高いのだから、その分付加価値を生み出して提供しなければならない」というようなことを語っていたが、比較対象が他のコンサル会社でなくSIerの時点で会社の立ち位置は推して知るべしと言えた。
新卒研修の構成も、最初の1か月が名刺の渡し方やらなんやらの社会人基礎研修、そこからの3か月がOracleやその他ITベンダー製品のトレーニングだったことから、この会社がどれほどITを重視しているかが見て取れた。
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