7.ファーストアサイン

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入社式直後から始まった新卒研修が終わったのは、社会人になって4か月が経った7月の事であった。

以下に、今一度研修内容の概要をまとめる。

  • 4月:基礎研修(ビジネスマナー、ロジカルシンキング、MS-Office等)
  • 5-6月:システム研修(配属先毎に異なるが、ぼくの場合はSAP、JAVA、Oracle)
  • 7月:海外研修、セールスフォース研修

基本的に新卒は海外研修が終わった7月半ばのタイミングでPJにアサインされたが、マーケティングユニットには新卒を受け入れられる適当な案件が無かった。

そのため、7月末まで行われたセールスフォース研修が終わってもアサインが決まらず、ぼくたちには本社待機という名の束の間の休息が与えられた。

振り返れば、入社から研修にひと区切りがついたこの7月末までの期間は、まさに怒涛の日々であった。

研修の内容が元々興味のなかったITやシステム中心だったこともあり、「自分はこのままここにいていいのだろうか。そもそもなぜこの会社でこんな事をしているのだろう」とふとした瞬間に疑問が湧き、ある種の混乱状態、大袈裟に言えば会社によって自分のアイデンティティが捻じ曲げられているような感覚に陥いることが何度もあった。

その混乱を解消しようにも、当時は物凄いスピードで知識の吸収を求められたいたことで、何をどうしたら自分の置かれている状況に折り合いを付けられるのか、俯瞰して考える余裕は一切なかった。

出来たことは、学生時代の勉強とは比べ物にならないスピードで進む研修に必死に食らいついていくことだけであった。

今回の話はそんな濁流の様な日々が終わったところからである。

アサイン面談

セールスフォースの研修の終わった辺りから1on1のアサイン面談が始まった。

アサイン面談とは本来、プロジェクトを取り仕切るマネージャー(以下、PM)と面談して本人のスキルや志向、これまで培った経験が案件とマッチするかを確認する場なのであるが、ぼくたちは新卒であり、当然経営コンサルタントとしては何のスキルも経験もない。

そのような事情により、この面談は面倒見役のマネージャーに自分のキャリア志向をふんわりと伝えるものであった。

この面談で、ぼくは開口一番に「将来的には戦略系の案件をやりたい」と伝えた。

システム研修を経て「やはりこの会社はどのユニットに行こうがITプロジェクトがメインなんだ」と薄々感づいてはいたが、それでも部長が部署説明で「ウチは戦略もやる」と言ったことは忘れられなかったのだ。

普通に考えればわかることだが、戦略案件は数が少ないし、いち案件当たりの必要人数も少ない。需要は少ないが、他方で同期の様子を見遣れば分かる通り、やりたい人は圧倒的に多い。

そんな希少な案件を、たとえ「将来的には」と予防線を張ったところで新卒のペーペーが口にするのは、今思えばあまりにも無邪気が過ぎた。

戦略ファームに入る力量はないくせに、総合系ファームに来て「俺は戦略がやりたいのに、システム屋の真似事ばかりじゃん」と文句を言うのは数年で辞めていく若手社員の典型である。

(実際に数年で辞めたとはいえ)自分が初手の段階でそのように見做されるのは全くもって得策ではなかった。

「戦略案件でキミをアサインできるのは今ちょっとなさそうだけど、それ以外だったらどんな案件に興味があるの?」

気を遣ってそう言ってくれた担当マネージャーに対して、ぼくは「IT案件以外ですね」と生意気100点の回答をし、それも難しいと言われたところで「残業が少ないプロジェクト」と言った。

一般的に、戦略案件は夜遅くまで働くことが多いので「戦略をやりたいが残業はしたくない」というのは一行で矛盾している訳だが、実際的にぼくには体力が無く、研修期間ですらギリギリの状態であった。

当時のぼくは、学生から社会人になったことでストレスが掛かって疲れているだけで、戦略案件の様なやりたいことをやらせてもらえれば仕事に夢中になって疲れも感じなくなるだろうなぞと甘い考えを持っていた。

実際にはこの時点で手術が必要な病気に罹っており、戦略案件どころかサラリーマンとして会社にちゃんと出勤するだけでも大義だったのだが、ぼくがそのことに気付くのはずっと先の話である。

どうあれ、IT案件を前提に回答を求められたぼくは、残業が少ないことと、それにもう一つ、「SAP以外の案件」という条件を希望としてこの面談で伝えた。

これは研修でシステムを触った感触として、SAPは複雑怪奇であり、資格試験に落ちたとはいえセールスフォースの方がまだ面白そうというのぼくの感想によるものである。

 

時に、若手は「これはやりたくない」と言ったものにアサインされるという噂がX社にはあった。

その噂を事前に耳にしていたのにも関わらず、迂闊にもバカ正直な発言をし、結果としてぼくはお盆が明けたタイミングでSAPの保守・運用案件への配属を言い渡された。

 

余談ではあるが、本当で気に入らない辞令であれば、無理やり拒否することも出来なくはない。

実際に同期の中には、新卒3年目で言い渡されたアサインが気に入らなかったため、行く気もないようなITベンチャーの中途入社面接を受け、素早く内定を獲得し、「ぼくを今のプロジェクトから外してください。外してくれないならこの会社に行きます」と上長を脅してリリースを勝ち取った剛の者もいる。

ただし、この様な横紙破りは当然の如く組織から問題視され、人事考課に悪影響を与えた。そのせいでボーナスも減額されてしまったと彼は零していた。

ファーストアサインでその様な暴挙には出るべくもなく、ぼくは不満たらたらながらおとなしく辞令に従った。

SAPの保守運用PJ

案件概要

SAPは基幹系と呼称される、企業の根幹となるビジネスデータを一元管理出来るシステムである。

一元管理の例を挙げるとすると、例えば会社の商品が売れてその販売情報をシステムに入力すれば、それに合わせて在庫情報が更新され、会計上の仕訳処理も行われると言う意味である。クライアントはグローバル展開している大手メーカーであり、SAPを導入したことによって世界中にある支社の経営情報がリアルタイムで把握できるようになっていた。

ぼくの初仕事で求められた役割は、SAPを管理しているクライントのIT部門に常駐し、CRM(平たく言うとマーケティングの一種)系モジュールの保守と運用を行うことだった。

保守・運用とはシステムが安定稼働するように目を光らせ、エラーなどが発生した際は原因を調査して解消することである。それに加えて、ぼくたちは現場から要望があればシステムの仕様を一部変更したり、追加の機能開発がある場合は要件のとりまとめ等を行うことも求められていた。

同期からの疑問

ところで、社会人になって半年ほどが経過した折、大学時代の友人と集まってお互いにどんな仕事をしているか報告し合う機会があった。

ぼくは自分の仕事を上記の通り説明したところ「そんなの、お客さんのシステムなんだから、お客さんの社員がやればいいじゃん。それに、もしシステムで分かんないことがあっても、そのSAPとかいうシステムを作った会社のカスタマーセンターに質問すればいいだけなんじゃないの?」と疑問を呈されたことがある。

客のシステムなのだから、その会社の社員が面倒見ればよいのではという意見は、内製であれば社内にナレッジが蓄積されること、外注よりもコストが安いことを踏まえると、一見もっともに響く。

しかし、そうしないのには勿論理由がある。単純に、人がいないのだ。

グローバル展開された基幹システムを安定的に稼働させるとなれば、そのシステムに精通したスペシャリストが大量に必要になる。そのためには既にスキルを身に着けている人間を中途で採用するか、社内の人材をイチから育成するかしかない訳だが、そのどちらも相応にハードルが高い。

中途で採用するのであれば、メインのターゲットはコンサル会社やシステム会社からの転職者ということになるが、そういった会社の給料水準は高く、求職者が優秀であればある程、事業会社が提示できる給料で彼らを引き付けるのは容易ではない。

社内人材の育成にしても、採用して、研修を受けさせ戦力化するまでに相応の時間がかかるし、SAPの技能者が引くあまたな状況を鑑みるに、人材が育ったとしも今度は彼らが転職してしまうリスクが付きまとう。

基幹システムは企業の心臓であり、その管理を内製化しようとする動きは一部の企業で見られるものの、その実現には一定の時間と多額の先行投資が必要になる都合上、外注は手軽かつ理のある選択と言えるのだ。

「自分たちの」SAP

また、SAPのエラーが出た場合の対処だが、SAP社のカスタマーセンターに質問したところでたいした意味はない。確かに、システムの根本的なエラーであればカスタマーセンターに問い合わせればいいのだが、それ以外にも会社が自社の業務に合わせてシステムをカスタマイズしたり、想定にない使い方をしたことで発生するものが大量にあるだからだ。

業務に合わせてシステムをカスタマイズすると言ってもピンと来ないかもしれないので、一例を挙げる。

製品の在庫になる部品の購買発注をかける際、システムの想定として責任者1人の承認が必要だとしよう。

しかし、ある会社では承認者が職位の異なる2人となっているため、その様に仕様を変更したいと考えている。

このケースであれば、システムを変更して承認者2人設定できるようにし、かつ該当する2人が承認しなければ発注がかからないようにしなければならない。

当然このようなカスタマイズに対しては実装前に入念なテストを行って不測の事態が発生しないようにするのであるが、それでも想定外のケースが発生すればエラーとなりシステムが動作不良を起こすことはあり得る。

自分たちで勝手に行ったカスタマイズに対してSAP社にどうにかしてくれと言っても、無償による迅速な対応は期待できない。

クライアントは「自分たちのSAP」をよく知り、何かあった時に対処してくれるスペシャリストを手元に置いておきたいと考えるわけだが、それがPJを主導し最初期からSAPの導入に関わってきた、今回のケースで言えばX社の人間という訳だ。

システムの導入フェーズでは数十の人間がX社から参画していたと聞く。

システムが安定稼働したこの時分には、彼らの多くが単価の安い、聞いたこともないような会社から来たシステムエンジニアたちに置き換えられていた訳だが、それでも我が社を完全に切る様なことはせず、ぼくを含めて3人がクライアント先に常駐する形になっていたのが、この時の契約状況であった。

PJのメンバーと契約形態

PJメンバー

現場にはぼくの他、前回登場した1年上の「博士先輩」、30歳手前で中国出身の「ワンさん」、それに時々顔を出す30歳過ぎのPMである「Mさん」がいた。

Mさんが時々しか顔を出さないのは、クライアントとそのような契約になっているからである。

つまり、コンサル会社の契約には稼働率と呼ばれるものが定められていて、これが仮に100%であれば週5日8時間、クライアントの為に働くことを意味する。

ぼくも博士もワンさんも100%の契約なので、基本的にはこの案件に付きっ切りである。

一方でMさんはわずか10%で契約していたため、現場にはいないことの方が多かった。

ちなみに、ぼくたちが残業して日に8時間以上働いたとしても、クライアントにその分の金額を請求することはできなかったし、業界的にも請求できないのが普通だ。

一方で、ぼくたちが残業した場合は15分単位で自社に請求することが出来るので、会社としては従業員をいかに残業させないかが収益率をアップさせる肝ということになる。

従業員の雇用形態

ここでまたしても余談ではあるが、コンサル会社には従業員の残業に対してきっちり残業代を払ってくれる会社と、払ってくれない会社が存在する。

後者はつまり、裁量労働制を採用している会社だ。裁量労働性とは書いて字の如く、裁量を持って働く人に適用される制度で、通常の会社でも管理職であれば裁量労働制が適用される。

部長とか課長と呼ばれる人たちであれば一定の裁量を持って労働に従事できるのであろうが、管理職未満の若手コンサルタントには当然自己裁量なぞというものは存在せず、クライアントや上司のオーダーに振り回されて東奔西走するのが常である。

裁量のない彼らを裁量制で採用するのは、社員を三六協定の適用外にし、定額働かせ放題で酷使したいからに他ならない。

ぼくが社会人5年目に転職した外資系のコンサル会社はまさに裁量労働制を敷いていて、誰も彼も終電では帰れないことが通常であった。

ある日、たまたま自分のタスクが夕方の17時に終わった際などは、上長に別のチーム長のところまで連行され、「彼、今日暇みたいなんで使ってあげてください」と言われたこともあったほどだ。

X社はベースとなる月給こそ、そこまで高くはなかったが、残業代はキッチリつく制度になっていた。

PJでの働き方

人員過剰

入社1年目の時点だと、同期の半分は炎上していた地方の大型システム案件に駆り出され、記録上は三六協定の上限いっぱいまで、実際は上限を突破して残業させられていた。

そんな彼らを横目に、冗長性の塊のような案件に送り込まれたぼくは、研修期間に散々聞かされた「PJ現場に入ったらこんな甘くない」という脅し文句はいったい何だったのかと思うほどの、安穏な日々を送ることとなった。

SAPの中でも会計や物流といった業務クリティカルなメジャーモジュールに対して、マイナーもマイナーであるCRMは保守・運用しようにも、そもそも問い合わせやリクエストがほとんどない。

そんな球の飛んでこない守備範囲に3人も人を張り付けているものだから、新人のぼくはアサイン後すぐさま、客先に常駐しながらの半ニート状態になってしまったのだ。

なぜ3人も張り付いているのかと言えば、それはのシステムに「もしも」があった時の安心料としてX社がクライアントに請求している金額がひと月3人工だからに他ならない。

決裁権限を持つ偉い人がシステムの中身をよくわかっていない事が多いせいもあり、このような予算取りはシステム系の案件では往々にして発生する。

どうあれ、業務内容はSAPなれど、働き方としてはアサイン面談でのぼくの希望が叶った形となった。

身近な転職者

ある日、無聊を託っていたぼくは博士先輩からある仕事を与えられた。それは暇でやりがいを感じられず転職を考えていた先輩に、コスパの良い職業を調べて報告するというものであった。

「コスパの良いって、例えばどんなのですか?」

ぼくがそう質問すると、例として返ってきたのは寝具鑑定士なる職業だった。

ベッドや布団に寝てその寝心地を判定する仕事であれば苦も無いと言うのだが、勿論そんなふざけた仕事など存在しない。

とは言え暇は暇だったので、ぼくはこの任務を請け負い、それから当座は転職サイトを見て終業までの時間を潰すことが多くなっていた。

 

結局この先輩はぼくが何を言うでもなしに、いつの間にか某スポーツ団体運営会社への転職を決めていた。

スポーツビジネスには興味があったが、給料面で折り合わず動くに動けなかったところ、大学時代の後輩の女医との結婚が決まり、経済面での不安が消えたことで踏ん切りがついたとのことだった。

あれだけセールスフォースの資格と博士号所持者であることを誇った後で、それらの資格がまるで活かせそうにない新天地に行くと晴れやかに言った先輩は、きっとぼくと同じ、就活生時代にやりたいことがわからずなんとなくでコンサル会社に入った人間のひとりだったのだろう。

違いは、ぼくが「これは自分のやりたいことではない」と強く思いながら、具体的に何をすべきかは何時まで経っても思いつかなかったのに対して、自分がやりたいことを見つけられたところである。

そしてそういうタイプの人間は、得てして入社3年以内の比較的早いタイミングで転職していった。

ぼくのような、「自分の人生コレジャナイ感」を抱えつつも自分が何をすべきか定められないタイプの人間は、口で文句を言いつつも、いざコンサル会社からの転職となれば給料面で妥協しなければならない現実を受け入れられず残留するか、転職するにしても待遇・業務内容からして似たり寄ったりの競合コンサル会社に移るパターンが非常に多い。

当たり前の話だが、担ぐ看板を変えたところで中身がさして変わらないのなら、不平不満が解消されることは望み薄である。

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